ヴィジュアル系から学ぶべきこと(2)

前回、V系とは音楽ジャンルを表す言葉ではない、というところで終わりました。

実際現在のV系シーンは定番のハードロック、メタルはおろか、パンク、ミクスチャー、ヒップホップまで音楽は様々で、共通項はただ「V系らしい外見」だけです。

ではV系らしい外見とは何でしょう。X(X Japan)が登場したV系黎明期においては、メイクにしてもいわゆるLAメタルと大差ないものでした。しかしその後シーンが確立されていくにつれて方向が変わっていったようです。女装が流行した時期、ホストじみたスーツ姿が流行した時期、等身大のフランス人形のような姿が流行した時期もありました。

そして現在では、それらのどれでも構わず、またその影響が垣間見えれば違うアプローチをしても構わないようです。ゴールデンボンバーなどはその代表でしょう。メイクや髪型はいかにもV系でありながら服装は芸人であるかのように外してきます(まぁ事実として彼らはミュージシャンというより芸人と思いますが)。そのぐらいいい加減でも「V系らしさ」が成り立つというのは、逆に言えばその「V系らしさ」が定着したということで、文化様式として成熟の段階にあるとも言えます。

ところで多くの先人がいたロックシーンの中で生まれたV系が、異端と呼ばれ時には蔑まれながらも、なぜジャンルを超えシーンそのものを圧倒するほどの発展を見せたのか。これは逆説のようですが、V系の要件が「V系らしい外見」だけになったこと、それ自体が理由だと思います。

つまりV系とはそもそも最初から音楽性を指す言葉ではなかった。そのことに、シーンの発展の中でオーディエンスが気づいた。その出自がロックだったのは単に時代的な偶然に過ぎず、そもそもロックがその発祥である必要はなかった、というのが僕の見解です。解説していきます。

V系が登場したのはハードロック/メタルシーンの中からです。アメリカにおけるそれらのシーンで、奇抜なメイクや髪型、派手なパフォーマンスが常態化していたこともあり、それがV系らしさ、V系特有の美意識と親和性が高かったために「たまたま」ロックシーンから産声を上げたのだと考えています。

誕生前の段階で「V系特有の美意識」と表現したことに違和感を持つ方もいるでしょうが、そもそもこの美意識とは、ヴィジュアル系という言葉が誕生する前からあったものです。

もっと言ってしまえば、V系とは、古来から日本人が持つ民族性の一部です。

古くは能や歌舞伎、浮世絵、近年では漫画やアニメ、いずれにしろ日本発の文化には「極端なディフォルメ」を好む傾向があります。アメコミ等も子供向け作品では極端にディフォルメしますが、対象年齢が上がるほどヴィジュアル的にリアリティを求めるようになります。しかし日本文化はそうはしません。極端なディフォルメを行った以外の細部にこだわるのが日本文化の方法論で、それはつまり「日本人は細部にしかリアリティを求めていない」ということです。

意味が分からない、という方も多いでしょう。例を出します。

「攻殻機動隊」というマンガがあります。アニメ化、映画化されているのでそちらで知っている方のほうが多いかもしれません。いわゆるサイバーパンクSFで、現状とうてい不可能な、しかし既にあるものの延長線上のテクノロジーが一般化した社会を舞台に、そこで起こりうる犯罪や社会問題をテーマに警察組織が事件を解決していく、という筋書きです。なお詳しく知りたいなら自分で読んで(観て)ください。

その舞台を実現するためのテクノロジー、またそれを前提とした社会問題については非常に緻密に考えられており、本当にそういう時代が来ても何ら不思議ではない、と思わせる説得力があります。しかし一方で、その作中人物については全く持ってステレオタイプな、作品の都合に合わせてディフォルメされた薄っぺらい造形で、およそ感情移入できるような代物ではありません。文学評論にありがちな言葉で言えば「人間が書けてない」のです。

しかしこういう作品を「リアリティがある」と感じるのが日本人のメンタリティです。

つまり問題は「人間性にリアリティがある」ことではなく、「世界観にリアリティがある」ことなのです。まず世界観ありき、そしてその世界観にふさわしい人物造形をする、これが日本的リアリティです。

もうお分かりでしょうが、V系とはまさに「まず世界観を確立し、そこにふさわしい人物造形をする」表現形態です。人物そのものにリアリティがある必要はなく、世界観のリアリティを補強するためにこそ人物がある表現です。

するとアンチV系からよく耳にする「V系なんてリアリティのない表面だけの表現じゃねぇか」的な物言いは全く的外れであることが分かります。むしろ逆で、V系とは日本人一般の求める世界観を体現(リアリティを与える)する、オーディエンスとの上質なコミュニケーションなのです。ライブハウス等生演奏で「俺が本物のロックを見せてやるぜ!」みたいな人に限ってオナニーにしか見えないのはそういう理由です。その手の人たちはオーディエンスが何をもってリアリティとするかが分かってないのだからコミュニケーションなんて出来るわけがないのです。

さて結局の所V系とは日本人の民族性に沿った表現形態であり、かつ日本人に限らず女性一般の「外見のキレイなものが好き」な性質を鑑みれば、V系の登場と隆盛は必然です。何ら不思議なことはありません。

と、V系の必然性について語ったところでまた長くなりすぎたので続きます。

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