ヴィジュアル系から学ぶべきこと(3)

前回「V系は古来からの日本的美意識に沿った 表現形態であり、その登場と隆盛は必然であった」という話をしました。

加えて初期V系は「イケメンがやるもの」だったこともあり、女性ファンが多数いるのも頷ける話です。
現在では必ずしもメンバーに特別なイケメンがいる必要はなく、少なくともフロントマンがよっぽどのブサイクやデブでなければ充分成り立ちます。もちろんいるほうが有利なのは言うまでもありませんが、それはV系に限らずどんなジャンルでも似たようなものでしょう。

さてV系は既に定番化しており、多少の浮き沈みはあれ他のジャンルと比べマーケットがかなり安定しています。
なかなか一般のチャートには数字となって現れにくいですが、100~200人キャパのライブハウスまで降りていくと違いが良く見えます。非V系バンドでは集客0~5人のライブなど当たり前に見かけますが、V系では(もちろんまだ火の点いていないバンドで)集客20人でも少ないほうです。というよりV系においては結成半年~1年活動して20人集客できないようなバンドは解散したほうがいい、ぐらいのシビアな認識があるようです。

これは主にお客さん側の問題で、昔はいざ知らず近年の非V系ライブハウスのお客さんは「知ってるバンド観たら帰る」のが当たり前になってしまいましたが、V系ではいまだに「都合が許す限り全てのバンドを観る」、しかもよっぽど気にくわない場合を除き、初見でも「とりあえずノって(ヘドバンや振り付けなど)みる」、つまり自発的に楽しんでみるという文化があります。

正直に白状すると僕自身はみんなで同じノり方をさせるような同調圧力は好きではないのですが、しかしお客さん自身がそれで楽しいのであればお客さんの勝手でしょう。また最近では非V系の邦ロックバンドも熱心なファンが振り付け考えて最前列付近のお客さんに強要したりするらしいので、こういったお客さんの楽しみ方を指してV系を否定するのも筋違いというものです。

「そもそもファンの中で同調圧力が生まれる時点でロックとしてどうなんだ?」という意見もあるし基本的には同意なのですが、それを言ったら日本でロックという文化/価値観がきちんと理解され定着したためしなどこれまでの歴史上一度もないので、そこを議論するのは時間の無駄というものでしょう。

重要なのは「多くの日本人はそういう楽しみ方が好き」であると認めることです。認めた上で受け入れるのも反発するのも自由と思います。しかし「その事実は認めたくない、でも日本で売れたい」などと子供みたいな駄々をこねるのはみっともないので止めたほうがいいのではないでしょうか。

やや脱線しましたが、知っての通りV系のファンはその多くが女性です。そしてV系に限らない傾向として、一旦ファンになるとお金を落とすことにためらいが少なくなるのも女性です(まぁ近年は男性でもアイドルヲタが凄いことになってますが、ここでは除外します。なお「現在はアイドルがロックだ!」的な言説を僕は一切受け付けないのでご了承ください)。

なのでV系は非V系に比べ圧倒的にファンが付きやすく、かつ物販も売れやすい、つまり衣装代等を差し引いても、有名になる前の段階で活動に余裕が生まれやすいわけです。そういうマーケットが既に出来上がっているのだから、当面の活動しやすさを考えるだけでもV系を目指すに充分な理由があると思います。

なお近年のV系に見られる傾向として、もともとモダンヘヴィかハードコアをやっていたところから転向するバンドが増えてきているようです。これは実際にハードコアをやっていた知人が僕に教えてくれたのでおそらく事実でしょう。その知人の言葉を引用したいと思います。

「パンクとかメタルとかの世界でトップに立ってもせいぜいO-EASTでワンマンやるぐらい、でもV系のトップは東京ドームでやれる」

まぁそういう夢やロマンを求めるならそもそもハードコアをやる時点でどうかと思いますが、しかしこの言葉そのものはまさしく事実です。ここで思い出して欲しいことがあります。「V系とは音楽ジャンルを指す言葉ではない」のです。

つまり「音楽性をいじらずに売れるためにV系を目指す」という選択があるわけです。

「いやだから売れる売れない以前にV系の美意識が自分に合わないからやりたくないんだよ」という方も多いでしょう。僕もそうでした。また「そこまで魂売りたくない」という方も多いようです。しかしこれは大いに疑問があります。

このトピック1回目で書いたフェスの話を思い出してください。好きなことをやろうにも、売れるには結局各フェスの客層に好まれる音楽でなければ厳しい、という話です。

では売れるために音楽性をいじるのは魂売ったことにならないのでしょうか。

近年のV系はその多くが「やりたい音楽を曲げずにどうやって売れるか」を検討した結果です。考えてみてください。売れるために音楽を変えるのと、音楽を変えずに売り方を変えるのと、どちらが音楽に対しより誠実なのでしょうか。

もちろんV系的な世界観と親和性の低い音楽もあるわけですが(例えばアフリカ民族音楽を下敷きにしたジャムバンドでV系というのは無理があるはず)、とりわけアンチV系の多いB級パンクについてはNANAというマンガがその相性の良さを証明してくれているし、また幻想的な音像の多いポストロックなんてもしかしたら一番合うのではないかとさえ思います。

もちろん歌詞の問題はあります。ここで多くはあえて語りませんが、V系にはV系にふさわしい詞世界があるわけで、それを歌うのは趣味的にどうしても嫌だという方もいるでしょう。
しかし正直なところ、歌詞カード読んだだけで曲を聴きたくなるような優れた歌詞を書けるミュージシャンなんてほとんどいません。むしろ「頼むから俺に分からない言語で歌ってくれ」と願うようなゴミ詞がアマチュア/インディミュージシャンの楽曲の少なくとも9割を占めているのですから、その残り1割を除いて、歌詞にこだわりなんて持つだけ無駄だと僕は思ってしまうのですが。

言いたいことの大部分は今回で言ってしまいましたがあと1回だけ続きます。

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