ボカロシーンとはインディムーブメントであることを再確認する

僕は音楽が好きなのでこうしていろいろ書いていますが、実際問題として音楽好きが増え、仮にそこから良い音楽が増えまたそれがきちんと評価されるようになったところで、だからどうした、と言われればそれまでです。
ただ正直に言って僕は産業としての音楽業界には、今となってはあまり興味がありません。むしろ音楽を仕事としてやっていく上で、大規模な産業である必要はないのではないか、もう職人でいいのではないかと思っています。

その上で、ここでレコード業界の体質がどうの、著作権法がどうのといった話は専門家に任せるとして、作り手の現場、とりわけこれから活躍したいと思っているアマチュア/インディミュージシャンの立場から何か出来ることはないか、という立場で述べていきたいと思います。

さて僕は広義のポップミュージックにおいて、かつて日本では大きく分けて2つ、現在では3つの活動形態が存在してきたと考えています。
1つは昔ながらのバンド/シンガーソングライターであり、自分たちで作詞作曲、演奏までをこなすものです。スタジオに入って練習し、ライブハウスで演奏する人たちです。人前でのショウを経ずにレコード会社に売り込む人たちもいますが、どちらにせよ音楽業界の仕組みの中に入って売れることを目指すのがスタンダードなので、本質的に同様であると考えます。
もう1つはDTM、いわゆる打ち込みです。エレクトロニカ/ハウス/EDMほか、現在ではヒップホップもトラックメイクにおいてはこちらに分類して構わないと思います。これらの人をライブハウスで見ることはさほど多くありませんが、クラブなど人前で(DJとしても含め)ステージに上がることもあるのでショウをやるという意味では前者と被る部分もあります。ただこちらは売れるということに対してあまり貪欲でない人たちが多い印象があり、メジャーシーンのチャートなどに食い込んでくることは稀です。

そしてそこから更に、VOCALOIDというテクノロジーと共に派生したのがいわゆるボカロPです。打ち込みで作詞も歌録りもこなし、その特性上作り手が人前でショウを行うことはほとんどなく、ネット上での作品発表に絞った活動をしている人たちです。原則として人前でのショウをやらない、またレコードを売ることを目的としないのを前提に、しかしそれがきちんと評価を受ける場が成立している、さらにはメジャーのチャートにまで登場する、という点をもってこれを第3極としていいと思います。
同じように考える人も多いとは思いますが、僕は資本と関係なく活動するミュージシャンがきちんと一般層にまで評価されているという意味で、これが日本における初めてのインディムーブメントではないかと考えています。
なお地下アイドルについては活動形態が錯綜しているので保留します。V系はその売り方においては地下アイドルに近いですが、活動形態としては1つめに属すと考えてよいでしょう。

皆さんご存知の通り、また以前の記事で書いた通り、前者2つ、とりわけ1つめの形態は音楽産業全体に歩調を合わせるように衰退しており、一方でボカロは以前の記事で示した通り、着実に市場を拡大しています。【箱庭遊びとしての音楽シーン】
しかしながら未だ前者のミュージシャンにおいてはボカロシーンと歩調を合わせる気配はなかなか見えず、地下で活動する人たちの多くは90年代のインディムーブメント再来を願っているようです。考えれば当たり前なのですがあんな時代は二度と来ないので、このままいけば(少なくとも日本で)前者、特に1つめの活動形態が淘汰されるのは時間の問題ではないかという気すらしています。もちろん完全に絶滅するとは思いませんが。

ところで僕は現在のボカロシーンを日本で初めてのインディムーブメントと捉えていると述べましたが、では90年代とは何だったのでしょう。
少しその頃の話をします。
現在30代〜の人たちはおそらく記憶していると思いますが、いわゆる「小室サウンド」とよばれる小室哲哉プロデュースのシンガー、グループが一世を風靡したことがあります。大資本をバックに大量のTV露出とタイアップを重ね、カラオケブームとも合いまってCD市場を劇的に拡大させました。YouTubeもMyspaceも存在しなかったその頃は、音楽を聴くということはCDを買うこととほぼイコールだったからです。それ以前はミリオンセラーとなれば社会現象に近いものだったのが、このピーク時には4〜500万枚を売り上げるアルバムが何枚もあったものです。
そして市場全体が爆発的に拡大した結果、それまでは地下でひっそりと「分かる人にだけ分かる」活動をしていたロックバンドなどのCD売り上げも大きく伸びました。Hi-STANDARDを筆頭にインディバンドが数十万枚を売ったのも、それまで最大100万枚の市場で3〜5万枚売れる音楽をやっていた人たちが、5倍に拡大した市場で5倍の枚数を売ったに過ぎない、つまり増えたのはあくまで母数であり、アマチュア/インディミュージシャン、或いは地下ロックシーンに注目する人の割合が増えたわけではないと僕は考えています。すなわち90年代日本にインディムーブメントなんてものは本質的に存在しなかったのです。

なのでCD市場の規模が数十分の一になった現在、「あの頃インディ好きだった人たちはどこへいったんだろう?」などと考えるのは全くのナンセンスなわけです。考えるべきはあくまで「あの頃音楽に金出してた人たちはどこへいったんだろう?」なのですが、90年代においてバブル経済は既に崩壊したとはいえ、それ以前の余波で未だ趣味に金を使う余裕がありました。しかし現在においてはその余裕も薄れ、またフリーミアムモデルの浸透によってコンテンツに金を出すこと自体を忌避する風潮がある以上、音源そのものがかつてのように売れる状況が再び訪れるとは考えられない、とするのが妥当でしょう。

さてそういう時代を読めない(読まない)人たちは勝手に淘汰されればいいんじゃないか?という気持ちもなくはないのですが、冒頭でいう前者の立場に長年携わってきた身としては、そこに現在でも素晴らしい音楽を作る人、素晴らしい演奏をする人たちが沢山存在することを知っています。そういう人たちが単に滅びるのを見るのは忍びなく、どうにか協力、共存できないものかと考えている次第です。

次回はその協力/共存と活動形態の変化についてのビジョンを述べたいと思います。以前に述べた内容と重複する部分もありますがご容赦ください。

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