初夏の風物詩になってるあれの件

前回の話が終わってないですが急遽予定を変更していきます。

毎年この時期になると「出れんの!? サマソニ!?」でバンドマンのTwitterやらFacebookやらその他諸々が盛り上がるわけですが…
同時に一般投票期間が終わるとすかさず「500位以下にも良い音楽があるので目を向けてください」とか「そもそもシステムがおかしい」とか「人気と音楽の良し悪しは別」とか「なんであんなクソが上位に」とか言い出す人たちがいるわけで。

あのさー。
もう今回丁寧語とか面倒だわ。

終わってからそんなこと言うぐらいならそもそも参加すんなよ。
いやまぁ500位台でギリギリ落ちたとかならそりゃあ悔しいだろうし言いたくなるのもわかるからそのへんの人たちは一応置いとくとして。
投票期間10日間で15票とかの人たちは一体何を考えて参加したのかと。ソロだとしてもTwitterとFacebookとGoogle+のアカウント作って毎日投票すれば自分だけで30票じゃん。バンドならメンバーだけで100票前後は確実に入る。
さらに言えば一次審査が人気投票だってのは最初からアナウンスされてるんだから、お客さんが1人もいないような人に勝算がゼロなことはもともと明らかだし。
っつーかもっと言えば、審査員の立場からしたら500組も真面目に試聴するのって一体どんだけの手間と負担だと思ってんだ。

ガチで出場目指してるわけじゃなく宣伝の一環として登録した人も多いだろうけど、それにしたってせっかく宣伝のために登録したのにその登録したことを宣伝しないんじゃあからさまに行動が矛盾してるだろうと。
もちろんフォロワー/フレンドのタイムラインを荒らして嫌われたくないからゴリゴリの宣伝したくないって気持ちも分かる。でもだとしたら、打つべき手、考えるべきことは宣伝しないことじゃなくて「どうしたら嫌われずに宣伝できるか」なわけよ。
まぁやり方関係なく宣伝ってだけで露骨に嫌がる人たちは少なからずいるし、そういう人たちにdisられるのはもう諦めるしかない。そうせざるを得ないシステムがおかしいと言うなら、そのシステムにわざわざ参加することこそおかしいんだよ。
参加して負けてから文句を言うんじゃなくて、参加せずに「こんなシステムじゃやる気になんねぇよクソが」ってみんなで運営にメールでも送ればいいんだよ。参加者いなくて盛り上がらなくなったら困るのは運営なんだから。

ここ大事だからもう一度言うわ。

参加者が集まらない、盛り上がらないのが運営にとって一番困る。
だから運営に抵抗したいなら、参加しないのが最善。
理想は、参加者が集まらない中、運営へのdisばかりが各種SNSで超盛り上がってること。
それで少ない参加者の中からゴミみたいなバンドが勝ったっていいじゃん。どうせそんなの信者と友達しか観に行かないし参加者が少なければ知名度も上がらないんだから運営以外誰も困らない。

本当に気にくわないなら潰しちゃえばいいんだよ。
でもそうしないってことは結局、文句言ってる連中ってのは「夢を与えてくれる企画自体は潰れて欲しくない、でも『人気のない自分を勝たせてくれる』システムになって欲しい」ってことだろ? アホすぎて耳から鼻血出るわ。

で、現在のシステムで勝ち上がった人たちってのはその宣伝のリスクやデメリットも当然のものとして受け入れてるからこそ勝ち上がれたわけ。あの仕組みが全面的に良いものだと思って参加してる人なんてたぶん1人もいないよ。それこそ運営も含めてね。
いわゆる大人の事情も含めて多種多様千差万別の思想信条価値観利害関係を持った人間が集まって一つのイベントを作ってるんだから、その誰にとっても納得のいく完璧なシステムなんて作れるはずがないんだよ。そんなんもし出来るならとっくに世界平和が訪れとるわ。だから参加者に出来ることは、そういうものだと割り切った上で、その仕組みの中で最善を尽くすことだけ。
何度でも言うけどそれが嫌なら参加しなきゃいい。

んで実はこっからが重要なんだけど。
あのね、ロックだろうがJpopだろうがHipHopだろうがエレクトロニカだろうが、細かいジャンル問わず「売れる(支持を集める)ことを一つの指標としてやってる音楽」ってのは全部広義では「ポップミュージック」なの。大衆音楽なの。
なぜかと言うと前回のブログでちらっと書いたように、作品評価のためにはある程度共通の文脈、バックグラウンドが必要で、だとすると音楽の質だけで大衆に評価されるのは不可能なわけ。すなわち本当に純粋に音楽の質だけで評価されてそれが支持を集めるためには、その支持する人全てが古今東西あらゆる音楽に精通している、少なくともその作品を作った人と同等以上に理解している必要があるから。そしてもちろんそんな人間はほとんど(場合によっては全く)存在しない。仮にいたとしてもそれこそ「分かる奴にしか分からない」のであって、バックグラウンドも定かではない不特定多数に対し評価を問うならばその時点で既にポップミュージックとしての呪縛から逃れられないんだよ。
端的に言うと、ポップミュージックにおいて音楽の良し悪しなんて二次的なものに過ぎない。

音楽の良し悪しじゃないならポップミュージックの評価軸って何なのさ?って思うよね?
さっさと答えを言うと、ポップミュージックの目的は「ポップカルチャーのアップデートを音楽によって行うこと」であって、良い音楽を作ることじゃない。ただ一方で、そのアップデートを担うにあたって「音楽が優れているほうが望ましい」わけだ。音楽そのものによって喜ばれたほうが当然、その価値観の拡散には有利なんだから。
これは逆に言うと、アップデートを試みられた価値観自体に大きな魅力があれば、音楽そのものが大したことなくても拡散し得るってこと。こう考えればいまだに地下アイドルもボカロ(歌い手含む)も理解出来ない人たちにも通じるかな? まぁ僕は音楽的にも大したもんだと思ってるけど。同時にこれが、重複してるかもだけど、音楽の力だけで勝とうとしてる人たちがポップのフィールドで負け続ける理由なわけ。音楽「だけ」が良くてもポップミュージックとしては通用しないんだよ。

ここでサマソニの件に還って、宣伝しても票が集まらなかった人たちっていうのは、仮に音楽が素晴らしかったとしても「ポップカルチャーのアップデートに影響を与えない音楽」と判断されたってわけ。意識的にしろ無意識的にしろね。
だから音楽の力「だけ」で勝負したい人たちはとっととポップミュージックのフィールドから退場したらいい。それが嫌なら、自分の音楽が「ポップカルチャーの何をアップデートし得るのか」を考えてくれ。

もちろん「ポップカルチャー」としての評価軸と「音楽」としての評価軸の二つがあって、その事に多くの人が気づいていないこと、さらにオーディエンスの多くは前者で評価し、しかしミュージシャンの多くは後者での評価を望んでいることは不幸な現象だと思うよ。
でも現実にそうなんだからそれを踏まえてやるしかないじゃん。
あくまでポップカルチャーのフィールドで勝負したいのであれば、せめてその「アップデート」が「ダウングレード」にならないよう努力するしかないんだよ。

以上ですわ。

次回はちゃんと前回の話の続きをやります。

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