さて初期衝動信仰が根強い日本のバンドマンにおいては「活動方針だの戦略だの鬱陶しいなぁ? 好きな曲作ってやりたい時にライブやりゃいいじゃねぇかよ?」という考え方をする人がたくさんいますが、実際のところ、英米ではパンクバンドですらプロ志向であればきちんと営業戦略を立てます。
例えば The Libertines は Rough Trade という有名レーベルに所属する The Strokes に影響を受け、自分たちもここに気に入られるよう弁護士をマネージャーとして雇い営業に励んだそうです。結果見事に同じレーベルからデビューし、Arctic Monkeys を筆頭に大量のフォロワーを生みました。
またこれは僕のバンドメンバー(アメリカ人)から聞いた話なのですが、Nirvana の Kurt Cobain も公の場やメディア上では「売れたくなんてなかった。ずっとマイナーなままでいたかった」とさんざん発言していながら、 実際インディ時代には毎日アメリカ中のラジオ局に「おれの曲を流してくれ!」と電話営業をかけていたそうです。
話を戻して、「戦略とかもいいけどさ、最後に成功するのは言葉にできない何か圧倒的な魅力のあるバンドだろ?」と言う人たちもいます。これは必ずしも否定できません。
僕の友人にも、集客ゼロからライブハウスで着々とお客さんを増やし大型フェスに出演したバンドがいます。その周囲には曲の良いバンドも演奏の上手いバンドもたくさんいましたが、成功したと言えるバンドはほとんどいませんでした。似たようなケースはいろんな人から聞いたことがあり、そう思うと確かに、決定的な結果を出すには「人知を超えた何か」が必要なのかもしれません。正直に言って僕自身、売れるか売れないかの半分以上は「運」だと思っています。
しかしそのような理論化できない能力を必要条件に据えてしまえば、「才能の無い奴はやめとけ」というつまらない結論になってしまいます。この結論の不思議なところは、その才能なるものの正体について誰も明確に定義出来ないにも関わらずそれが根拠として堂々とまかり通ってしまうことなのですが、そこを追求するとちょっとキリがないのでこの件はまた別の機会に譲ることとしましょう。
ただいずれにせよ、僕は金にもならないアマチュアバンドの世界にプロスポーツのようなシビアな才能の有無を求めるのは文化的に先細りを招くだけだと考えています。
なぜならバンドをやりたい人の大部分はポップミュージック(ロックもヒップホップもエレクトロニカも広義においてはこれに含まれます)、すなわち大衆文化をやろうとしているからです。そして大衆の手から取り上げられた大衆文化がどのような末路を辿るかは、浮世絵なり歌舞伎なり、日本の伝統芸能の現在を見れば充分お分かりいただけると思います。
大衆文化であるということは、オーディエンスがその良し悪しを測る上で専門教養に拠らないということです。ならばポップミュージックである以上、その担い手に対して専門教養に基づき才能を測ることもまた、ナンセンスということになります。
一方でなかなか金にならないことは分かってるのだから、少しでも支出を減らすための活動計画を立てるのは当然と考えるべきでしょう。金持ちが道楽でやるのなら別になんでも構いませんが、たいていのバンドマン、特に若い人たちはそうではないのですから。
単なる趣味だというなら生活に支障がないようにするべきだし、ガチガチのプロ志向だというなら、なおさらその活動がリターンを見込める投資なのかどうかをきちんと検討する必要があります。日本では「プロ志向だけど金のことは考えたくない」という謎な考え方をするバンドマンがたくさんいるようですが、そういう人たちはプロ志向を名乗るのをやめるか、せめて自分たちの代わりに金のことを考えてくれるスタッフを雇うべきです。
さて趣味志向、プロ志向のいずれにしても、スタジオに籠もって楽しむセッションバンドや音源リリースに特化したバンドでない限り、支出を減らし、願わくば収入を得るためには、しつこいようですがライブでの集客について考える必要があるわけです。なおライブバーでしかやらないバンドでも集客ゼロは店に嫌われるので注意してください。
また前回述べたように、楽曲の力でもって集客に繋げるためには「自分たちのお客さんに喜ばれるであろうバンド像」或いは「お客さんが喜ぶであろう、自分たちがなりたいバンド像」を反映させた曲作りが必要なわけですが、初めのうちは可能な限りポップにすることが望ましいです。それは必ずしも売れ線J-POPソングを作れという意味ではありません(もちろんそういう音楽をやりたい人はそれで構わないわけですが)。初見の人に対して親切な、分かりやすい曲作りを心がけて欲しいという意味です。
マニアックで手の込んだ作曲やアレンジは上手くハマればカッコいいし作り手としての達成感もありますが、お客さんに理解できなければ単なる自慰行為に過ぎないわけです。中には「聴きやすいマニアックさ」を演出できる凄腕もいますが、初心者バンドがそれを狙うのは無謀なので、少なくともライブで披露するのは控えましょう。
またこれは以前に触れた「初心者バンドが多様な音楽性を取り入れるのはオススメしない」にも繋がります。きちんと消化し表現できるなら構いませんが、作曲スキルが低いうちはたいてい「いろいろやってるけど最終的にどうしたいのか理解できない」音楽になってしまいます。そしてそういう人たちほど「おれたちのやってることに客が付いて来れないだけさ!」みたいな勘違いをしがちです。しかし前回述べたように「なりたいバンド像」が伝わらなければ、お客さんとしても付いていきたいとは思えません。
なので最初は、J-POPでもパンクでもメタルでもレゲエでも何でも、下敷きにするバンドが何でも構いませんが、自分たちの軸になる音楽性を決め、それを作曲/アレンジに分かりやすく反映させてください。すると初見の人に親切な音楽になります。まぁそもそも下敷きにする音楽がマニアックな場合もありますが、初心者のうちからそれをやりたい人は、作曲も演奏もある程度上達するまでライブは控えたほうがよいでしょう。もしそれでプロ志向だというなら、まずそこから考え直すべきかもしれません。もちろん上級者の場合はその限りではないです。
それからもう一つ、出来るだけ早めに「代表曲」を作りましょう。「代表曲なんて客が自然に選ぶもんだろ?」と思うでしょうしそれも一つの正解です。しかし代表曲というのは単に最も人気がある曲という意味ではなく、そのバンドがどんな存在であるかを象徴する曲でもあります。ならばその意味においては、自分たちの「なりたいバンド像」をきちんと共有出来ているなら、自分たち自身でその象徴たる曲を狙って作ることも出来るはずです。
もちろんそれがお客さんに選ばれるという意味での代表曲になるかどうかは実際に演奏するまで分かりませんが、前回しつこく述べたミーティングの内容を活かし、そこに近づけるよう頑張ってください。
なおそういう楽曲が1曲でも出来ると、その後の作曲が非常に楽になります。似たような曲を増やすのでもいいし、またその曲の一つの要素をより強調した曲を作る、足りない要素を一つ付け加えた曲を作るなど、全くの新規作曲というよりアレンジに近い曲作りが可能になるためです。まぁあまり極端に似通った曲ばかりでは自分たちもお客さんも飽きてしまう恐れがありますが。
ところでバンドとしてやりたい音楽性、なりたいバンド像はある程度定まったのに、いざ曲を作ろうとするとその音楽性に沿わない曲ばかり出来てしまう人もいると思います。こういう人は、不幸なことですが、やりたいことと向いていることが一致していない場合があります。
イケイケのパンクをやりたいのに出来る曲はバラードばかりとか、どポップな歌ものをやりたいのにうるさいギターリフばかり思いつくとか、そういう人は自分のやりたいバンドを(脱退、解散まで含め)見直すか、でなければ自分はプレイヤーに徹して作曲は他のメンバーに任せたほうが良いかもしれません。それでもどうしても自分で曲を書きたいというのであれば、ある程度きちんと音楽の勉強をして、他人の楽曲を分析出来るよう訓練を積むほかないでしょう。
ただその一方で、いろんなタイプの曲を作ることは自分の引き出しを広げ、ひいてはバンドの音楽性に利かせるスパイスにも繋がっていきます。ライブのセットリストに入れないなら様々なスタイルの曲を作ることは将来的に無駄にならないので、スタジオ内での実験という意味ではどんどん試していいと思います。
もし試した音楽が、それまで「なりたいバンド像」としていたものより魅力的だとメンバーの総意が得られたなら、その時点で新たなスタイルを目指すのもよいでしょう。ある程度キャリアを積んだバンドが音楽性を大きく変えるのはかなりの冒険ですが、まだ初心者であれば失うものなんてほとんどありません。それまで観に来てくれたお客さんへの印象が気になるのであれば、転機であることを分かりやすく示すために、音楽性と一緒にバンド名も変えてしまう手もあります。
なおこれまで十数年、僕が見てきた限りでは、いわゆる「完全プロ志向」の場合、一貫した音楽性でだいたい3~4年やって芽が出なかったバンドは音楽性を一新するか、でなければ解散してもさほどの違いはないようです。
もっともごく稀に、一貫した音楽をやり続けながら、結成10年以上経ってメジャーデビューを決めるようなバンドも確かにあります。たまたま敏腕マネージャーと出会えた、やってきた音楽に時代がようやく追いついたなど理由は様々ですが、そういうケースは冒頭のほうでも触れたように「運に恵まれた」と考えるべきだと僕は思っています。「自分たちもいつかそういうチャンスが来るはず」などと期待するのは見通しが甘いと言わざるを得ません。
その自覚を持った上で、もちろん運を引き寄せるため、またその運を活かす実力を身につけるために努力し続けるべきなのは言うまでもありませんが。